今日までの日記

長くなりそうなので、インスタではなくここにまとめておく。悩んでいたこと、うれしかったこと、近況など。

 

 

お久しぶりです。
皆さん、健やかに過ごせていますか。
私はというと、Twitterで「発信すること」が怖くなり、しばらくお休みしていました。

ケーポップ、アーティストもファンもとにかく速いですよね……。早いし、速い。その「速さ」に自分の気持ちも言葉も押し流され、誰の声もノイズにしかならない瞬間が何度もあり、ただただ心だけが消耗する日がいつの間にか増えていました。ただでさえ瞬発力が無い人間なのに、おや?とか、あれ?とかいう違和感にいちいち立ち止まっていたら、どんどん置いてかれてしまう。疲弊すると被害者意識と自罰感情に襲われて攻撃的になりかねないので、距離を置いた、という感じです。

 

インスタでは何度か言っていますが、今私にとっては書くことはセルフセラピーになっています。記録以上の、healingのための「書く」という行為です。

文章という体裁をとっていますが、ロジカルライティングが死ぬほど苦手なので、ぽこぽこ話題を羅列して、出来事や思うことを書き連ねていきます。時系列は多分バラバラだと思う。

何も得られない可能性のほうが高いので、無理に読まなくても大丈夫です。あと、性暴力の話題に少し触れます。(私が被害に遭ったわけではない)

呟くほうのアカウントをお休みしている間は、のんびりゴセでも消化しよう〜と思っていたけど、結果としてほとんどSEVENTEENさんのコンテンツは観なかった。でもそれに対して後ろめたさを感じなかったのは良かったかもしれない。全部観る必要はないし、観るものは選んだっていいし、観る気が起きないものは一生観なくともいいと思う。

 

 

※2022.11.06 DJ松永氏のイベントでの言動を受けて、Creepy Nutsに関する内容を削除いたしました。私は例え過去の事件であろうと、性犯罪は断固として許しません。また、それを"ネタ"として扱うことは、被害者に対しての二次加害です。彼らの音楽やラジオ番組の1ファンではありますが、今回の件に関しては、私は一切の擁護もいたしません。

 

over the sunのイベントも配信で観た。堀井さんの「会いたかったよ〜!」でじんわり涙が。私会場に居ないのに……。
互助会、本当に空気があたたかくてありがたい。序盤のおふたりの仮装、スーさんがOL(わかる)と堀井さんが聖徳太子(ん???)で混乱しました。というかやりたい仮装で「聖徳太子」が咄嗟に出てくる堀井さん、何……?好きすぎます。過去に反響の大きかったメールを紹介するコーナーで、推しを帝国ホテルに例えた人のメールがまた読まれてて最高だった。
毎週、セーフティスペースのような番組だな……と思いながら聴かせてもらってます。私もいつか街で偶然オーバーザサンTシャツ着た人に巡り会いたい。

劇団トレメンドスサーカスの『女の子は死なない 実録演劇犬鳴村 男尊演劇死滅譚』もアーカイブで視聴した。
8月に観劇したマームとジプシーのcocoonも良かったけど、こちらも本当に出会えてよかった演劇。最高!!!!の一言に尽きる!!!本当に、最高です!!!上演してくれてありがとうございます……!!!!

とにかく最初から最後まで怒りに満ちた作品だった。ずっとずっと昔から女の子の尊厳を踏みにじってきた男たちへの怒り、そしてそんな男性中心主義的な構造に順応しようと名誉男性になってしまっていた自分自身への怒り。
演劇を「する」側との関わりと言えば、過去にとても小さな規模の演劇作品に出演経験があるくらいで、内情にはそこまで明るくなかった私ですが、演者の口から実名で語られる演劇界のハラスメント、とりわけ性暴力や性的搾取構造の酷さに悔しさとやるせなさが込み上げてぼろぼろ泣いた。その後に猛烈に私も怒りが湧いた。

ヴァージニア・ウルフが嘆いていた、あの80年前から何も変わらない。この世の歪んだ秩序が、税金レイパー達を初めとしたクソオジたちの創り上げた歪んだ社会構造を肯定している。現在進行形でし続けている。

女性は俳優ではなく「女優」にしかなれないこと、レイプという魂の殺人が芸術の名のもとに行われていること、演出家は天皇で、感謝感激絶対服従!が常であること。どんなに頑張っても、女である限り、男達が手にしているその場所へは行けないこと。 

演劇界で、いやむしろこの世界で、男によって殺められてきた女の子たちの魂を、男によって奪われ続けた全ての女の子たちの声を、全身全霊で代弁しているかのような、血で書かれたかのようなセリフの応酬。観終わったあとは放心状態だった。

そして、絶対に観て欲しい人には直接メッセージを送った。すぐに観てくれて、感想を伝えてくれて有難かったです。届いて欲しい人に届いた……!彼女たちの怒りが、こうして誰かに伝わって心からうれしいです。演劇界のこと、作中で扱われている人物についても詳細に教えてもらい、解像度が上がった状態で二回目を観た。案の定、一回目よりも泣いた。

ツイッターを閉じていたのであまり布教出来なかったことだけが心残り。誇張ではなく、とにかく全人類に観て欲しい作品だったので、どうか再演してください……セリフの一言一句お守りにしたいくらい大好きです。台本買います。

 

とある有名起業家の方の辺野古に関するツイートが私のタイムラインにも流れてきた。その時はシンプルに「嫌だな」くらいに思っていたものが、日を追うごとにそのツイートや写真の根本にある思考がどんどん浮き彫りになってきて、嫌だな、程度のものがいよいよ私の中ではっきりと「怒り」に変わっていった。本当にあの人何しに来たんですか?あの言動は、議論をする以前の、問題意識もまるで無い、明らかな差別です。そんな言動に対して、いいねが数万ついてることもかなり辛かったです。お願いだから、座り込みの定義云々ではなく、基地についての議論をしてくれ。

とはいえ、私は県民のくせに辺野古に行ったことも無く(一応説明しておくと、私の居住地から最短でも1時間以上かかる)、むしろ数年前まではネットの出自の分からない情報を鵜呑みにして、抗議活動をする人たちを冷ややかに思っていたことすらあった。今思えば恥ずかしい限り。今回を機に、というのは不本意ですがあまりにも当事者意識が薄かったな……と自分自身のことをも省みずにはいられなかった。でもそれだけ日常に「基地」が溶け込みすぎている、といえばそうなのかもしれない。

大学は普天間飛行場に隣接していた。過去には米軍のヘリが校舎に墜落した事故もあった。けど、私たちは日常生活の中で基地のことをわざわざ話したりしなかった。だって当たり前のようにずっとそこに「あった」から。でも、それが私たちの何を犠牲にされているのか、ちゃんと知らなければならない。

沖縄戦のことも、今年cocoonを観劇して自分ごととしてようやく向き合えたりと、生まれ育った故郷が抱える負の側面にあまりにも無頓着すぎる私は、こうして外側の出来事から揺すり動かされることが多い。

数日後に同じ人の別の言動がまた炎上案件としてタイムラインに現れた。沖縄県民の「言語」に関することだった。あの発言は、どういう文脈で出たかを知った上でも間違いなく差別だし、人々を言語で分断しようとする思考に至ることがもはや恐ろしい。何でそういう考え方になるんですかね……?そして自分が無自覚なヘイトを「向けられる側」にいると自覚した途端、言いようのない悲しみと悔しさに心が覆われてぐったりした。私は県民として生まれて、ただ今日までこの地で生活しているだけだ。私が私であるだけで差別される側になるのか?いい加減にして欲しい。本当に。

この言論も含め、氏に関するやり取りを見ていた数日間は、かなり擦り減ることが多い毎日でした。もちろんブロックはしています。幸い、スケジュールをみちみちに詰めており、誰かと会ったり話したりすることが多かったのと、あとハイローの新作映画を観たりしたお陰で、四六時中考えこむことなく意識を逸らすことができた。お友達とハイローの功績めちゃくちゃ大きい。ハイローの映画については後述します。とても良かったので……。私はきっと暇な時ほど悩んでしまうので、予定を詰め込むことはひとつのコーピングなのかもしれない。

これを読んでいる人(いるのか?)の中には、数日前のことなのにまだキレてるの?と思う人もいるかもしれない。けど、当たり前です。何故なら終わっていませんので。炎上が鎮火したことと問題の解決はイコールではありません。私はこの数日間のことを絶対忘れてやらないし、これからもずっと怒り続けます。

そして今このタイミングしかない、と思って、上間陽子さんの『海をあげる』をようやく読んだ。

「米軍基地を抱える沖縄」で広がる日常の光景、そこに「あった」のに私が見ようとしなかった光景、上間さんの優しい語り口で淡々と綴られていて、ずっと泣きながら読んだ。
既に一年前に話題になった書籍ですが、もし基地問題について興味がある方は「優しいひと」「アリエルの王国」「海をあげる」の章だけでも読んでみてください。

知らないことを責めるつもりはありません。
勉強してくれ、当事者意識を持ってくれ、と強制するつもりもありません。
でも、踏みつけられて痛かった人間がいる、ということは書き残しておきます。

ご自身の気持ちを大切にしつつ、心の中ででも良いので少しでも一緒に怒ってくれたら、ありがたいです。

コンサートやヨントンのレポを読みたくてパブサをすると、メンバーたちが私たちに”見せている”姿や関係性に対し、そこに無いものを”勝手に見出し”ては「断定的な文脈」で語られるツイートが目に留まり、辟易することがわりとある。

このところ「友達」という言葉じゃ物足りないくらいの、言い様のない親密な様子や唯一無二的な間柄を表すとき、恋愛に置き換えて語られることがすごく多いな、と感じます。これは良い/悪いではなく、単純になぜ?と思う。もちろん実際のことは分からないし、色んなセクシュアリティの人間がいるのも事実だし、ひとの中に湧き上がる感情そのものは否定されるべきではないので、そう捉えること自体は悪ではありません。だからこそ、高揚した気持ちを発信するのであれば、もう少し言葉は選びませんか……?と思う。何かに喩えることの全てが悪いわけでは無いけど、不特定多数が閲覧可能なところで発信する言葉には責任を持ちましょうね……と強く思います。特に、短い言葉で「ウケ」を狙ったかのような、威力の強そうな断定的な言い回しは暴力になりやすいな、と感じました。これは私も無意識にやりかねないので、自分への注意喚起でもある。気をつけます。

不穏な文章ばかりで申し訳ない。というかここまで読んでくれている猛者はいるのでしょうか……?

そして先述の通り、ハイローの新作(The WORST X)観ました!!!三年振りの新作!!!ありがとう!!!!劇場に足を運んだ頃には公開からひと月ほど経っており、当初は(三年振りの新作だし……中本悠太さん出てるし……せっかくだから劇場で観ておくか……)くらいに思ってたのですが、翌週にはすぐ二回目のチケットを取っていた。恐ろしい。もっと早く行っておけばよかった。
三年の間に私はケーポペンになり、フェミニストになっていたので、正直この『男』しかいないハイローは純粋に楽しめるか心配していましたが杞憂でした。ハイアンドロー、やっぱりサイコ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!の気持ちで劇場を出た。ドラマシリーズからずっと鬼邪高推しで、轟洋介さんをお慕いしていた身としては、ザワクロは贅沢すぎる時間でした。轟洋介さん……かっこいい……ずっとかっこよかった……
ハイローはとにかく制作陣が、”自分たちがカッコイイと思うこと”を、”全力”で、”お金をかけて実現させるところ”に「良さ」を感じます。セットもカット割りも、まさに「非現実的」としか言いようのない。リアリティを徹底的に排除してるところがもはや清々しい。そもそもSWORD地区、日本かどうかすらもわかりませんしね……

劇中は轟くんにとにかくときめいていたものの、中本悠太さんの須嵜すごくよかった。ケンカアクションを見せてくれるケーポアイドル……ぜいたく……。そして私はNCTをしっかり履修する前にザワクロを観たので、イリチルでのYUTAさん観るとどうしても須嵜……と思ってしまいます。ザワクロ以後、イリチルのカムバ期の映像もちょこちょこ観ていますが、やはりYUTAさんの先に須嵜を見てしまう。そして、前田公輝さん(轟くん役の俳優さん)のインスタやインタビュー映像を漁ってはギャップで悶える日々でした。そういえば私は三年前も同じことしていましたね……。

アイドゥルのニューアルバムがとにかく好きで、毎日聴いています。アルバムタイトルの『I Love』の後に目的語を入れていないのは、聴き手が自身で当て嵌められるよう、そしてどんな愛も尊重するとのメッセージだと知り、アイドゥル……信頼……!となった。知れば知るほど、ソヨンさんを筆頭に5人の確固たる信念と美学が作品に宿っているグループだと感じる。そしてこのところずっとアイドゥルさん達のコンテンツも履修していますが、SEVENTEENさんといいアイドゥルさんといい私の好きなアイドルグループ、仲良し・自主制作・酒強い、な気がする……。

 

 

完全に復活!もう大丈夫!とはいえませんが、伝えたいこと、共有したい瞬間、好きなアイドルの好きなところ、知って欲しいことがたくさんあるし、好きな人達のことも知りたいからTwitterという場所でのコミュニケーションはやっぱり大切だな……とも思えた数週間でした。あとハッシュタグで社会運動に参加出来る場でもあるので、それが出来ないのはシンプルに困る……。

Twitter、どうしても誰かの尊い日々だったり、切実な願いや想いが強い言葉と共にスクロールで簡単に流されてしまいがちで悲しくなりますが、それでも私は無理なく(無理なく!)、なるべくそういうものに立ち止まりながら大切に過ごしていきたいと思う。インスタには変わらず気が向いた時に日記を書こうと思います。(数日経過するとアーカイブにしますが……)

ここまで立ち止まって読んでくださり、ありがとうございました。季節の変わり目ですので、どうか身も心もご自愛くださいね。